恋愛バラエティー番組まとめ①

1. 「アベック歌合戦」

アベック歌合戦は1962年10月から1968年3月まで放送されましたが、関西ローカルの読売テレビの制作で、日本テレビ系列で放送されました。月曜日の午後7時30分からの30分番組でしたが、ゴールデンタイムの放送でかなり視聴率を稼いでいました。

これが人気が出た理由はトニー谷のパフォーマンスによるところが大きく、彼がいなければこの番組はそれほど人気なっていなかったはずです。なぜならこの番組はアベックが出てきて歌を歌うだけの番組ですから、それだけでは面白味がそれほどないからです。

ところがトニー谷のパフォーマンスが面白くそれのおかげでこの番組は面白くなり、アベックが歌を歌うだけなのに人気が爆発して6年間もゴールデンタイムで続く番組になったわけです。

彼はアベックが出てきた時に拍子木を叩きながら、アベックに質問をしていましたが、そのパフォーマンスがバカ受けしたわけです。「あなたのお名前なんてーの」と拍子木を叩きながら踊りを交えて質問するわけで、これに対してツイストらしい踊りをしながらアベックが答えるわけです。

それが大流行りして、当時は小学生などが学校でこの真似をよくやっていました。当時は今のようにネットがないですから、みんな夜の娯楽はテレビだったわけで今よりずっと視聴率が良かった時代でした。その関係で皆が見ているのでこの物まねをするとよく受けたようです。

この番組の冒頭でトニー谷は「レディースアンドジェントルマン、お父さんお母さんおこんばんわ」と言うセリフを必ず行っていましたが、これがまた大ヒットして、この番組の人気に大貢献していました。

これ以外にもトニー谷は番組途中で何々ざんすと言うセリフをよく言っていましたが、この何々ざんすも大流行りして、これまた小学生たちが真似をやりまくっていました。この番組は単なる素人の歌番組ですが、このトニー谷のおかげで流行語を生みだす番組になり、人気が出た部分があります。

トニー谷とアベックの掛け合い部分が面白くて、その部分が人気を集めたわけで、今なら桂三枝の「新婚さんいらっしゃい」が同じタイプの面白さで人気が出ている感じです。この番組も桂三枝と新婚さんの掛け合いの部分が人気なわけで、トニー谷がその走りになっているようです。

トニー谷は拍子木だけでなくそろばん芸で有名でしたが、その芸はこの番組で使わずに拍子木を使っていました。拍子木をカチカチ言わせて叩きながら踊って質問をするスタイルでやっていました。そろばん芸はすでに皆が知っているので敢えて拍子木を使った感じでした。

2. ミヤコ蝶々&南都雄二「夫婦善哉」

元々夫婦善哉と言う番組はラジオで放送された夫婦の紹介番組ですが、後ににテレビ放送されるようになりました。これはミヤコ蝶々と南都雄二が出演した夫婦の夫婦生活を対談方式で面白おかしく取り上げる番組であり、今なら桂三枝の「新婚さんいらっしゃい」とほとんど同じ趣向の番組です。

元々ラジオ番組としてABCラジオにおいて1955年から放送されましたが評判が大変よかったので1963年から朝日テレビにおいてテレビ放送されるようになりました。その後南都雄二が亡くなった関係でミヤコ蝶々が一人で司会をして対談形式でやることになりますが、1975年まで続いています。

「新婚さんいらっしゃい」と似ていた?

これはミヤコ蝶々と南都雄二が夫婦の夫婦生活を聞き出し、それを面白おかしく盛り上げるわけですが、二人の盛り上げ方がうまかったことがあって人気になったわけです。桂三枝の「新婚さんいらっしゃい」がその後続くことになりますが、番組内容がほとんど同じである為、スポンサーサイドにおいてちょっと問題があったようです。

桂三枝の「新婚さんいらっしゃい」は現在でも放送されていますが、夫婦善哉は司会が違うだけで内容はほぼ同じですから、この番組に似た物をイメージすればいいわけです。かなり古い番組であり、この番組を知っている人はかなりの年配者になりますから、今の人には番組のイメージができにくいはずです。しかし桂三枝の「新婚さんいらっしゃい」の原型と考えればイメージできるのではないかと思われます。

ミヤコ蝶々はもうすでに亡くなっていますが、元々漫才師でこの番組の司会をしていた南都雄二と夫婦漫才をやる人でした。しかし南都雄二とは番組をやっている間に離婚することになっています。しかしミヤコ蝶々は漫才においてツッコミをやっていた関係で、大変会話を盛り上げるのがうまくおもしろかったので、この番組が成り立っていたと言うことになります。

夫婦を対象にしたトーク番組が普及

この番組の司会がミヤコ蝶々でなければ、この番組が人気が出ていたかどうかは疑問であり、このトーク番組の人気の秘密はミヤコ蝶々の話術にあったと思われます。この番組がきっかけとなりその後、夫婦を対象にしたトーク番組がたくさんできることになったわけです。この番組がテレビ放送された当初はまだ日本にテレビがそれほど普及していなかった時代であり、その後東京オリンピックによりテレビが急激に普及するようになりました。テレビ普及時にテレビの普及に貢献した番組であると言える人気番組でした。

3. 芸能人と模擬結婚式!?「今週の花嫁花婿」

日本のテレビ番組として1966年2月2日より1966年11月9日まで放送をされたのが、今週の花嫁花婿という、朝日放送の製作のゲームバラエティ番組です。毎回今週の花嫁花婿では、素敵な芸能人との模擬結婚式をかけて、ゲームやテストに挑戦をします。

放送は毎週水曜日の夜19時から19時30分までされており、全部で40回の放送でした。当時にしては珍しい視聴者が参加できる番組形式であり、1人の人気芸能人をめぐり本当のファンたちが登場をします。

参加者はいずれも一般人で、その芸能人にファンばかりが集まり、人数としては30人が参加特典である、模擬結婚式を目指してバトルを繰り広げるエンターテインメントです。

最初はめぐりあいと称するくじ引きであり、まずはこの第一関門を突破しなければなりません。ファーストステップをクリアしたら、次に待っているのはゲームであり、いつも同じゲームではなく、週替わりでおこなう努力ゲームです。

努力ゲームを見事にパスできた人は、今度は次のステップである、相性テストに挑戦をします。テストは第一関門から第二関門へ進み、第三関門までのスリーステップで構成をされていて、ゲームとテストをクリアするためにファンたちは本気です。最終的に見事にラストまで勝ち抜いた1名は、時代的にはまだ手の届かない存在に感じられた、素敵な芸能人と夢のような模擬結婚式を挙げることができます。

偽りなく純粋にあこがれている芸能人との結婚式は、ゲームをクリアして勝ち取った模擬結婚式といえども、ファンにとっては生涯の最高の思い出です。模擬結婚式ができるだけでも心は天にも昇る気持ちですが、ダイヤモンドの指輪まで手に入れることができました。

商品の価値としては10万円ほどの高価な指輪であり、本当に結婚式をするようなイメージをどこまでも実現してくれたテレビ番組です。またダイヤモンドの指輪だけではなく、魔法瓶も一緒にプレゼントをされていました。

今週の花嫁花婿という番組名を、新聞のテレビ番組欄で目にしたら、新婚カップルが出てくるトーク番組のような印象を持ちますが、新婚夫婦の登場をするトーク番組ではありません。誰にでも憧れている芸能人はいますが、話をしたり一緒に写真を撮ったり、近づくチャンスは一般人にはあまりないです。

でも当時放送をしていた今週の花嫁花婿の番組では、近くに行って話をするだけでもファンにとっては夢のようなのに、番組内で模擬結婚式まで叶えてくれる素敵な企画を打ち出しました。

登場する毎回1人の芸能人はあらかじめ決まっていて、その芸能人のことが本当に好きなファンたちを、一般で募集をします。好きな芸能人の近くに行けるだけでもうれしいのに、模擬結婚式ができるかもしれない特典は、当時の一般人たちの心を奮い立たせました。

4. 視聴者参加型!「仁鶴・きよしのただいま恋愛中」

恋愛バラエティー番組は今でも人気があり、視聴者が参加してベテランの司会者が話を進めていくスタイルは健在です。かつて深夜帯で放送していた仁鶴・きよしのただいま恋愛中は、TBS系列のトーク番組で、恋愛バラエティーとしてとても人気がありました。有名人の笑福亭仁鶴さんと西川きよしさんが司会を務めていたこの番組は、当初笑福亭仁鶴さんと西川きよしさん、やすしさんが司会をしていましたが、事情があってやすしさんが降板し、番組名もやすしさんの名前を消した上で変更された経緯があります。

視聴者参加型バラエティー

内容はオーソドックスなタイプのトーク番組で、毎回視聴者のカップルが出ては司会の前でのろけ話をし、それに対して司会がつっこみを入れるスタイルが続けられていました。 このスタイルは現在も続く長いトーク番組にもつながっており、視聴者が参加することもあって毎回新鮮なトークが楽しめました。

仁鶴・きよしのただいま恋愛中の面白いところは、司会がさほどきつくないつっこみを入れられる人たちだったことです。ゲストで来る人たちも含め、全体的にほんわかした雰囲気があった彼らは、どんなカップルがきてもあわてることなくいつも通りの対応をしており、プロの貫禄を見せつけています。視聴者は時として逸脱した言動やとりとめのない話に終始ハラハラすることがありましたが、司会の二人はぶれないので、そこにこの番組の絶妙なバランスが存在していたわけです。

ゲームでドキドキ、、、

この番組は後期に入ると、ハレツコーナーなるゲーム要素が入るようになり、盛り上がりを見せました。ハレツコーナーはジグソーパズルの形式をとったゲームで、制限時間内にパズルを完成させれば豪華なプレゼントがもらえ、時間をオーバーしたらパズルがパネルから飛び出してハレツし失格になるドキドキものの内容でした。

視聴者の中でも男性は女性を前にしてかなりいい格好をしたがる傾向にあり、それに対して女性が冷静につっこみを入れるシーンもたびたびあり、番組は否が応でも盛り上がりました。トーク番組で視聴者を入れ、しかもその内容がカップルののろけ話とくれば、見ている人たちの興味をそそらないはずはありません。ハレツコーナーの景品も時計や宝石など高価な物で、視聴者はそれらを獲得しようとジグソーパズルに向かって悪戦苦闘したものです。この番組に出ていた視聴者が後に結婚した人を対象にしたトーク番組に出たりして、さまざまな面で話題性のあった番組でした。

5. お馴染みの長寿番組!「新婚さんいらっしゃい!」

新婚さんいらっしゃい!は、関西に住んでいる人なら誰もが一度は見たことがあるくらい、よく知られた人気番組です。桂三枝改め桂文枝と、山瀬まみの二人が進行役を務めるこの番組は、桂文枝が桂三枝と名乗っていたころから長く続いており、「いらっしゃ~い」というきめ台詞は、日常生活で普通の人がしばしばギャグとして使うほど、多くの人が知っています。

関西ならではの面白さ!

1時間の放送時間内に、毎回3組の新婚カップルが登場し、名前、年齢、職業などを名乗ります。中には 非常に年の離れたカップルがいたり、国際結婚のカップルもいたりして、毎回多彩な新婚さんが登場するところに、番組作りの苦労が窺えます。とはいえ、出たいという新婚カップルが多いのは、目立ちたがり屋な人が多い大阪を中心に長年放送されてきたことも大いに貢献していると言えるでしょう。

新婚夫婦への質問はもっぱら桂文枝が行い、卓越した笑いの話術でスタジオ視聴者はもちろん、お茶の間も存分に笑わせてくれます。新婚カップルののろけに当てられたときのお決まりは、ソファごと床に倒れ込むというもので、ここでアシスタントを務める山瀬まみが素早くソファを戻すあたり、息の合ったコンビぶりが見られます。

アシスタントに徹する山瀬まみですが、数多くの番組でMCを務めていることもあって、時にズバリと視聴者が気になる質問を発し、桂文枝を驚かせることもあり、それがまた見物となっています。 存分にのろける新婚カップルがいるかと思えば、新婚なのに相手に不満たらたらで、桂文枝相手にうっぷんをぶちまけていくカップルもいて、毎回、異なる3組の新婚カップルが登場するところに、飽きさせない工夫を感じさせます。

「結婚したらいつかは出たい!」憧れの番組

最後には、大阪らしく、豪華賞品から思わず笑ってしまうたわしなどのハズレ商品までを揃えたプレゼントコーナーがあり、新婚カップルがゲームに参加します。何が当たるか、視聴者も思わずドキドキしながら見入ってしまうところに、最初から最後まで飽きることなく番組を楽しむことができる構成は、長年続いてきたのもうなずけます。

時にはフィギュアスケート選手として活躍した織田信成が登場し、思わず会場がおお~っとどよめいたりといったこともあるなど、著名人がでてくることもあります。大半が大阪をはじめとする関西出身の人で、子供の頃から見ていて、結婚したらいつかは出たいと思っていたと語る人がほとんどです。桂文枝の卓越トークが楽しめる、とても面白い番組です。

6. カップリングの元祖!「プロポーズ大作戦」

プロポーズ大作戦は長寿番組であり、1973年から1985年まで放送されていました。途中で放送日や時間帯は変わっていますが、人気が出たのは1975年以降で、その時は火曜日の22時から22時54分まで放送されていました。
最初の頃は関西ローカルで朝日放送で放送されていましたが、1975年からは全国ネットで放送され、1985年に終了しています。司会は横山やすしと西川きよしであり、この二人は当時関西で知らない人がいないぐらい有名でしたが、それは二人の漫才が天才的に面白かったからです。

元祖カップリング番組
この番組は恋愛バラエティーであり、フィーリングカップル5対5と言う企画があり、この企画が当時大当たりして視聴率を稼いでいました。これは女子5人と男子5人が出てきて向かい合って椅子に座り、それぞれの椅子の前にはボタンが5個あり、気に入った女子または男子のボタンを押し、お互いが押し合った人はランプの線が結ばれるというものでした。

ボタンは男女同時に押すわけですが、そのボタンを押すまでに自己紹介やら好きな芸能人の話をしたりして男子と女子の間で自己紹介的なことをするわけです。そして時間が来たら男女の全員が同時に気に入った人のボタンを押してランプが燈って恋愛が成立するかどうかを競うという企画だったわけです。
これはありそうな企画ですが、当時はなかったわけで、当時にしたら斬新でバカ受けしました。当時の大学や高校の学園祭では必ずと言っていいほどこのフィーリングカップル5対5とまったく同じことをやっていました。

学園祭だけでなくローカルな地方の催し物でもこれをやっているところが多かったです。この企画が大当たりしましたがこれはプロポーズ大作戦の後半部分の企画であり、前半部分は好きな人がいるけど、どこの誰だからわからないので探して欲しいという企画でした。
そしてそれを探すのが愛のキューピットである桂近枝でした。この場合、いつも相手がはっきりわからないという場合ばかりではなく、相手が分かっているけど、告白できないという場合もありました。どちらの場合も相手をスタジオに呼び、体面をさせることになっていました。ただ相手が出たくないという人もおり、その場合はご対面が出来ないで終わるというわけです。

プロポーズ大作戦が始まった頃は、こちらの企画だけで30分番組でしたが、少しずつ人気が出て1時間番組になり、後半にフィーリングカップル5対5が始まり、これがバカ受けして大人気番組になり、10年以上続く番組になりました。

7. 関西発!「パンチDEデート」

パンチDEデートは、1973年10月から1984年3月まで、関西テレビで放送されていた関西発の恋愛バラエティー番組です。司会を桂三枝と西川きよしという、お笑い界の大御所二人が務めたことや、当時の若者文化を色濃く取り込んだことによって、日曜のお昼のバラエティー番組として、多くの人が知っており、また、楽しみにする番組となりました。

焦らされるドキドキの時間

司会が二人いるのには理由があり、恋愛バラエティー番組ということから、毎週男女一人ずつ出演者が登場します。二人の間にはカーテンがあり、互いの顔は見えなくなっているという設定です。男性の側に西川きよしが、女性の側に桂三枝がつき、それぞれが好きなタレントは誰かと聞いたり、仕事は何をしているのかなどを尋ねます。

声は互いに聞こえるようになっており、また、スタジオには視聴者を入れているので、会場の反応から、互いにどんな人物なのかを想像していくといった具合に、番組が進行していきますので、二人の司会が必要だったわけです。

質問を終えると、司会者である桂三枝と西川きよしが互いに相手をのぞき穴から見て、それぞれの印象を伝え合うのですが、この時に言うギャグが流行語になったくらいですから、この瞬間を楽しみにしている人がいかに多かったかがわかります。

司会者二人の掛け合いとギャグを楽しんだ後は、ご対面の声と共にカーテンが上がり、実際に出演者の男女が顔を合わせます。1~2分という短い時間だけ二人だけで会話を交わしたら、席に戻り、スイッチを背中に回して持ちます。

いよいよご対面の時が、、、

司会者二人の、目をつぶって上を向いて、スイッチオンという掛け声とともにスイッチが押されます。このスイッチはハート型の電光掲示板につながっており、左側が女性、右側が男性を示します。相手が気に入ったのでお付き合いをしたいと思えばスイッチを押し、そうでないならスイッチは押さない仕組みで、互いにスイッチを押すとハート型が点滅して表示されるようになっていました。片方だけが気に入った場合には、ハート型の半分しか表示されず、思いは通じなかったということで、スタジオには視聴者によるあ~あという落胆の声が流れました。

もともとは関西のローカル番組でしたが、関西でどんどん人気を博していったことから、一年後には全国ネットで放送されるようになるなど、当時の若者のハートをがっちりとつかんだ恋愛バラエティー番組でした。それは、内容が新しくなった新番組になった期間も含め、12年にわたって続いたことからもよくわかります。

8. 美女の争奪戦!?「ラブアタック!」

ラブアタック!は元々は関西で1975年から放送された恋愛バラエティー番組ですが、その後全国ネットで全国放送されるようになり1984年まで続きました。元々は30分枠で朝日放送で放送されていましたが全国ネットになる時点で1時間枠に拡大されました。これは関西で放送されて人気が出たのでその結果として時間拡大され全国ネットになったわけです。

これは、まずはみんなが 憧れる女性が出てきて、その女性と付き合うことを目指して、男子がゲームで競争をして勝ち残った者が、女性の意思のもと、付き合えるという企画の番組です。

美女を巡って争奪戦!?

ゲームはいろいろ用意されており、いろんなゲームの中から毎回何個かが選ばれ、そのゲームで男子が競うというパターンで番組が進行します。ゲームに勝たないと女子に挑戦することが出来ないわけですが、ゲームに買っても最終的な判断は女子がボタンを押すかどうかということになるわけです。

だから二度のチャレンジが必要になるわけで、簡単に女子と付き合えるようになるものではありません。これに出場するのは大学生が主体で、関西や関東の学生がたくさん出ていました。司会は元々は横山ノックがやっていましたが、その後参議院議員になった関係で上岡龍太郎と和田アキ子が司会をするようになり、横山ノックはサブ司会をやるようになりました。

時間拡大になってからは、ゲームで競う一部と、パフォーマンスを競う二部とに分かれることになりました。二部はゲームで競うのではなく、一発芸や歌を女性に見せてそれを見た女性が男性を査定して、いいと思えばカップルが成立すると言う形を取っていました。

出演する男子は4組ですが、一人目でカップルが成立してしまい、早めに企画が終了するということもよくありました。この番組は当初かなり話題になり、人気が出た関係で何度もゲームにアタックして女性にチャレンジしようとする者が出るようになりました。この人達をみじめアタッカーと言っていましたが、それを何度もやって人気者になる人もいました。

このみんながチャレンジする女性のことを番組内ではかぐや姫と言っていましたが、かぐや姫は綺麗な人が毎回選ばれていました。この一部と二部の間にはゲストの歌やトークや以前にこの番組でアタッカーになった人のその後などを紹介する企画が行われていました。上岡龍太郎はこの番組で司会が出来ることが判明し、関東へ進出して全国的な人気者になったようです。

9. 友人がアピール?「ラブラブダッシュ!」

ラブラブダッシュ!は、1970年代から1980年代にかけて日曜日の夕方に放送されていた恋愛バラエティー番組です。時間は前後することもありましたが、休みの日に家事がひと段落するタイミングで、主婦の視聴者も多かった様子。

基本的には、スタジオに登場した男女が番組を通じて最後にカップルとして成立するかどうかを見守る内容です。放送始めは、出場者となるのは男女1人ずつで、それぞれ友人が付き添いとして一緒に登場していました。

互いに友人がアピール!

友人の役割は出場者の魅力をアピールすることで、お互い交際を成立させるために様々な情報交換を実施。視聴者は出場者に対して「見かけによらず優しい」「明るく気立てが良い」など感情移入することで、応援しながら番組を見ることを楽しみます。

盛り上がりは、後半にお互いカップルになる意思があるかどうかを確認するくだりで、ここで司会者がラブラブダッシュ!という掛け声を使用。掛け声と共に出場者がボタンを押すと、それぞれの意思に沿ってLOVEという文字が一つずつ点灯し、4つすべてが点灯すればカップル成立。一つも点かなければ完全に失敗という内容でした。

2期目になると、男女は3人ずつ登場し、クイズ番組のようなゴンドラ状の椅子に着席。この椅子は上昇下降する大掛かりなセットになっていて、意思確認の時に移動することで演出を行います。番組後半、出場者はゴーグルをつけてボタンを押し、ランプが点いて上昇するとゴーグルを取り外せるルール。

カップルが成立した2人には、あみだくじに挑戦する権利が与えられ、その結果成功すると豪華賞品がもらえるというチャンスもありました。

もう見れない、、、

ラブラブダッシュ!としては、トータルでは9年以上も放送されたので、日曜夕方の定番長寿番組と言えます。ただ、当時のVTRは高価なため使い回して使用することが基本のため、当時の資料はテレビ局には保存されていないようです。

そもそも出場者の肖像権も絡むため、当時はテレビ番組でこうした素人出場番組の映像を永続的に残しておく方針もなく、現存しないのが一般的。残されているのは基本的には番組台本のみなので、まさに幻の恋愛バラエティー番組とも言えるでしょう。

ただ、当時の出場者本人が自分の登場した番組を録画保存している場合などもあり、映像が見つかるケースもあるようです。1993年には、まったく別の番組で、当時カップルとなった相手を探すという企画があり、その時には個人が保存していた録画テープが発見されています。

10. 「THE恋ピューター→三枝の恋ピューター」

THE恋ピューター→三枝の恋ピューターは元々の番組が名前が変わる時に放送時間が変更になっています。元々読売テレビで制作され日本テレビ系列局で放送されていました。これは1980年から1982年にかけては月曜日の22時か22時54分まで放送されていましたが、その後ゴールデンタイムに進出して土曜日の19時から19時半まで放送されました。司会は桂三枝ですから企画自体はしっかりした物であり、そこそこ視聴率も取っていました。

マドンナの質問

恋愛バラエティーは思い付きのような企画で作る番組が結構あります。と言うのは、出演者が素人であることから製作費が安くつく為、比較的簡単に番組が作れるという部分がある為、安易に番組が作られることがあります。

しかし、司会に桂三枝を使うという点において、制作者側は最終的に全国ネットでの放送をめざしますから企画がしっかりしていました。この番組もしっかりした企画の作りになっていました。男子は7人が出場して質問に答える形式を取っていましたが、それぞれに質問に関してあらかじめマドンナの意見を聞いてコンピューターに登録された答えがありました。

それに近い答えだと高得点を獲得してポイントボードに得点が加算していきます。得点が稼げないと失格になり、椅子が後方のカプセルに吸収される仕組みになっていました。その際、都はるみの「好きになった人」の一節が流されていました。

占いやゲームもある

7人が争うマドンナはここまでは対面していませんが、後半になって対面することになります。それからも質問が続き、最終的に勝ち残れば豪華な賞品がもらえました。それから当時人気があった大屋政子の相性診断を受けましたが、大屋は占い師ではない為、大屋が見た感じで診断するという簡単なものでした。

それからラストゲームになるのですが、THE恋ピューターではブラックジャックゲームである「恋ピューター21」をやっていました。後期の三枝の恋ピューターでは6個のカプセルの中から好きな物を選び中からスチュワーデスが出てくるとハワイ旅行が当たるという形式を取っていました。

どちらの場合も成功すると大量の紙吹雪が落ちるという作りになっていました。これが放送されたのは30年以上前ですが、この時代にはすでに桂三枝は全国ネットのスターであり、三枝が司会ということはこの番組はメジャーな番組として作られているのが分かります。しかしゴールデンタイムでの放送期間が短いことから考えてそれほど人気が出なかったようです。

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